人生は一度きりです。
でも、人生には2種類あると思っています。
自分が設計した人生と、他人に設計された人生です。
ほとんどの人は、自分が設計した人生を歩んでいると思っています。でも実際には、気づかないうちに他人に設計された人生を歩んでいる人が、かなり多いのではないかと感じています。
「他人に設計された人生」とは何か
他人に設計された人生とは、他人の価値観に基づいて、自分が動かされている状態です。
わかりやすい例を挙げます。
「みんな持っているから欲しい」「これを持っていないと遅れている気がする」「あの人みたいな生活をしたい」。こういった感覚で何かを買ったり、行動したりした経験はありませんか。
これは、自分の欲求ではなく、周囲の環境が作り出した欲求に動かされている状態です。自分が主役ではなく、他人の価値観が主役になっています。
資本主義社会は、欲求を作り出す
少し大きな話になりますが、私たちが生きているのは資本主義社会です。 私は資本主義を否定しているわけではありません。資本主義のおかげで、私たちは豊かな生活を送ることができています。
ただ、資本主義社会には、知っておくべき側面があります。
車は便利ですが、使い方を誤れば凶器になりえます。資本主義も同じです。便利で豊かな社会をもたらしてくれる一方で、都合の悪い側面もあります。
企業は利益を追求するために、さまざまな手段で私たちの購買意欲を刺激します。広告、SNS、口コミ。「これが理想の生活だ」「これを持っていれば幸せになれる」というメッセージが、日常のあらゆる場所に溢れています。
本当は不要なのに、あったほうがいいと感じさせる。多くの人が理想としているように見せる。こうして、私たちの欲求は知らないうちに作られていきます。
これを知らずに過ごしていると、資本主義が大衆にもたらす欲求を叶え続けるだけの、他人に設計された人生になってしまいます。常に何かが欲しく、常に満足できず、常にお金を払い続ける。そういう状態です。
自分の考えが確立できていないと、気づけない
ここで一つ、重要なことがあります。
「自分はそんなふうに操られていない」と思っている人ほど、実は気づいていない可能性があります。
なぜなら、自分の考えがある程度成熟していないと、その判断自体ができないからです。
身内や友人からの影響、テレビやSNSからの情報、広告が作り出すイメージ。これらが積み重なって形成された価値観を、自分の考えだと思い込んでいることがあります。自分の考えが確立できていないと、それが本当に自分視点のものなのか、他人視点のものなのかを判断できないのです。
知識や教養が、自己防衛手段になる
では、どうすればいいのか。
資本主義社会の中でよりよく生きるために、知識や教養を身につけることが自己防衛手段になると思っています。
様々な考え方や視点を知ることで、自分の考えが少しずつ成熟していきます。成熟した考えがあると、目の前の情報や欲求に対して、冷静に判断できるようになる。「これは本当に自分が必要としているものか」「これは誰かに作られた欲求ではないか」と、一歩引いて考えられるようになります。
知識や教養は、攻めのためだけにあるのではありません。知らないうちに他人の価値観に流されてしまうことを防ぐ、守りの手段でもあるのです。
気づいているかどうかで、人生は変わる
自分が設計した人生を歩んでいるのか、他人に設計された人生を歩んでいるのか。
この違いに気づいているかどうかだけで、人生は大きく変わります。
気づいていなければ、何も変わりません。でも一度気づいてしまえば、日常のさまざまな場面で、少しずつ自分視点で考えられるようになっていきます。
あなたの人生は、本当に自分が設計していますか。
この問いを、たまに自分に投げかけてみてください。それだけで、見える景色が少し変わるかもしれません。
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