私が今入っている保険は、団体信用生命保険と火災保険の2つだけです。
どちらも、住宅ローンを組むうえで実質的に必要だったものです。
医療保険にも、生命保険にも、学資保険にも入っていません。
でも、最初からこうだったわけではありません。
何もわからなかった頃の私
会社の確定拠出年金(企業DC)を始めたとき、私は元本確保型の商品を選んでいました。
その中身は、定期の生命保険でした。
当時の私は、正直なところ何もわかっていませんでした。そもそも、あまり興味もありませんでした。
「とりあえず、減らない方がいいか」
その程度の理由で選んでいたのです。
その後、投資に興味を持ち始めたタイミングで、一括で外国株式のインデックス商品にスイッチングしました。今はS&P500連動の定番インデックス商品で運用を続けています。
振り返って興味深いのは、老後資金を積み立てる制度の中にまで、保険という商品が当たり前のように入り込んでいたことです。
営業員を家に呼んでいた頃
もう一つ、今思い返すと少しゾッとする話があります。
子どもが小さい頃、学資保険を検討していた時期がありました。
生命保険会社の営業員を自宅に呼び、説明を受けていたのです。
当時の私には、たいしたマネーリテラシーはありませんでした。
結局、契約はしませんでした。ただ、それは私が正しく判断できたからではありません。
当時は学資保険の商品の選択肢がほとんどなく、条件が合わなかったから、というのが実際のところです。
つまり、契約せずに済んだのは、たまたま運が良かっただけなのです。
知識のない状態で、売る側を自宅に招き入れて相談する。
今の私からすれば、考えられない行動でした。
知識を得たあとの、同じ相談
それから数年後、まったく違う体験をしました。
妻の親が入っている保険の内容を確認するため、営業員をマンションのロビーに呼んだときのことです。
せっかくなので、私も収入保障保険について相談してみることにしました。
このときの私は、すでにその商品の内容を自分で調べていましたし、FPの知識やマネーリテラシーもある程度身についていました。
相談した目的は、契約したかったからではありません。
同じ商品を、売る側がどう説明するのかを見てみたかったからです。
返ってきた言葉は、意外なものでした。
「お客様には必要ない商品だと思います」
普通にそう言われたのが、強く印象に残っています。
同じ「保険の営業員に相談する」という行為でも、こちらの知識量によって、まったく別の意味を持つのだと実感した瞬間でした。
多くの人が買っているのは、商品ではない
大都市の一等地に、保険会社のビルが立ち並んでいます。
あれだけの建物が建つということは、それだけの利益が出ているということです。手数料の高い商品が、それだけ売れているということでもあります。
では、なぜこれほど多くの人が保険に入るのでしょうか。
私は、多くの人にとって重要なのは商品の内容ではないからだと思っています。
重い病気になったらどうしよう。事故に遭ったらどうしよう。
そう想像したときに欲しくなるのは、「保険に入っているから大丈夫」という気持ちです。
つまり、多くの人が買っているのは、実際の安心ではなく、安心感なのです。
安心感を選んでしまうのは、楽だから
そして、これは意志が弱いという話ではありません。
安心感を優先する方が、単純に楽だからです。
わかりやすいし、気分もいい。
商品の中身を検証しなくていいし、そのために勉強する必要もありません。
一方で、本当に必要かどうかを自分で判断しようとすれば、調べる手間も、考える負担も発生します。
人が楽な方を選ぶのは、ごく自然な反応です。
保険という商品は、その自然な反応の上に、うまく成り立っているのだと思います。
保険金が出ても、病気は治らない
ただ、冷静に考えてみてほしいことがあります。
医療保険に入っていても、病気になったときに出るのは保険金だけです。
病気そのものが治るわけではありません。
だとしたら、どうでしょうか。
民間の保険に払っていたお金を、将来の医療費に備えるための積立投資に回す。
あるいは、普段の食生活を整えるなど、そもそも病気になりにくくするための予防にお金を使う。
長期的に見れば、こちらの方が有益なのではないかと私は考えています。
保険は、不幸が起きた後にお金が出る仕組みです。
でも本当に望ましいのは、不幸そのものが起きないことのはずです。
そのイメージは、誰がつくったのか
人間は、損得だけで動く生き物ではありません。感情でも動きます。
だからこそ保険は、感情を揺さぶるイメージが重要になります。
不幸から家族の生活を守ってくれる、ヒーローのような存在。
そんなイメージを大衆に定着させるために、テレビCMや広告に莫大な費用が投じられています。
長年その環境に浸かってきた人が、自分の考えを一変させるのは簡単なことではありません。
こちらが自力で調べて考え直そうとする一方で、向こうは巨額の予算を使って、これまでの印象を維持しようとしてくるからです。
数字の最適解が、家族の最適解とは限らない
ここまで書いてきましたが、最後に正直なことも書いておきます。
配偶者や両親が同じ家庭にいる場合、数字の上での最適解が、そのまま採用できるとは限りません。
保険に限らず、住宅ローンという借金を負うことや、家は購入か賃貸かという問題も同じです。自分ひとりで決められないことは、思いのほか多いものです。
家族の安心感や、価値観の違い。それらを無視して、理屈だけで押し通すのが正解とも思いません。
私自身も、いろいろなバランスの上で、今の状態に落ち着いています。
大事なのは、知らないまま流されるのか、知ったうえで納得して選ぶのか、という違いだと思っています。
まとめ
私が入っている保険は、団信と火災保険の2つだけです。
かつては何もわからないまま、元本確保型という名の生命保険を選び、営業員を自宅に呼んで学資保険の相談をしていました。
契約せずに済んだのは、判断が正しかったからではなく、運が良かっただけです。
多くの人が買っているのは、安心そのものではなく安心感です。
そして安心感を選んでしまうのは、意志が弱いからではなく、その方が楽だからです。
保険金が出ても、病気は治りません。
だとしたら、そのお金を予防や積立に回すという選択肢も、一度は検討してみる価値があると思います。
そのうえで、家族と話し合って納得のいく形に落ち着けばいい。
知らないまま流されるのではなく、知ったうえで選ぶ。
それだけで、保険との付き合い方は変わってくるはずです。
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