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教育費は青天井だから、枠を決めている|水辺には連れていくが、飲ませはしない

家庭教師に勉強を習う子供 人生
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教育費は、かけようと思えばいくらでもかけられます。

上限がないのです。

だからこそ我が家では、先に枠を決めることにしています。

教育費も、予備費の枠の中で考える

我が家では、毎月「予備費」という項目を積み立てています。

習い事の月謝、光熱費の増加、家電の買い替え、そして旅行費用。こうした支出は、すべてこの予備費の中から検討します。

教育費も例外ではありません。

予備費でまかなえないのであれば、それは我が家にとって分不相応な支出です。却下するか、他の習い事をやめて枠を確保することになります。

大金持ちの子どもと同じ教育水準を、我が子に与えることはできません。

そしてそれが、我が子にとってのベストだとも考えていません。

教育費を、聖域にしない

教育費は、無理をしてでもかけるべきもの。そういう空気があるように感じます。

でも私は、教育費だからといって金銭的に無理をしないと決めています。

むしろ、予備費には余裕を持たせて予算を組んでいます。

世の中のインフレが進んだときには、予備費の積立を減らして生活費に組み替える運用も想定しています。

そしてもう一つ。これ以上、月給が上がる想定はしないようにしています。

「将来収入が増えるから何とかなる」という前提を置くと、家計は簡単に崩れます。今ある収入で回る形にしておくことが、結果的に家族を守ることにつながると考えています。

習い事は、どう判断しているか

習い事には2種類あります。

毎月費用がかかる継続教育と、イベント単位で費用がかかる単発教育です。

継続教育は、学習塾、地元のクラブチーム、スイミングスクール、プログラミング教室など。単発教育は、夏期講習や合宿、各種体験会などですね。

基本的には、本人がやりたいと言ったものはやらせてあげるようにしています。

ただし条件があります。予備費でまかなえること。スケジュール的に通えること。他の習い事と重ならないこと。

また、小学生のうちはまだ考え方も未熟です。仲の良い友達がやっているから、といった理由で習い事を乗り換えたいと言われたときは、慎重に判断します。

子どもの表面的な意見は、よく変わりますから。

この辺りは、どこの家庭でも似たようなものだと思います。

水辺には連れていけても、飲ませることはできない

ここからが、私の考えの核心部分です。

親がいくら塾に通わせたとしても、実際に真剣に勉強するかどうかは本人次第です。

馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできません。

しかも、勉強を強制して毎日家庭の雰囲気が悪くなるくらいなら、やらせない方がいいとすら思っています。

余計に勉強が嫌いになったり、学習意欲を失ったり、反発して別の方向に向かったり。本人にとっても家族にとっても、悪い結果になる可能性は小さくありません。

お金をかけたのに、効果がないどころかマイナスになる。そういうことが起こり得るのです。

子どもが勉強しないのは、メリットがないから

そもそも、なぜ子どもは勉強しないのでしょうか。

私はこう考えています。勉強が、子どもにとって面倒なだけの、優先順位が低い活動だからです。

つまり、子ども側にメリットがないのです。

意志が弱いとか、性格の問題ではありません。単純に、やる理由がないだけです。

だとすれば、勉強してほしいなら、本人が自ら勉強したくなる動機が必要になります。

ご褒美で釣るのは、リスクが高い

では、ご褒美で釣ればいいのでしょうか。

テストで高得点を取ったらゲームソフトを買ってあげる、といったやり方です。

私は、これをしません。

考えてみてください。このとき子どもに与えられる選択肢は2つです。

面倒な勉強をして、ご褒美をもらえる可能性を高めるか。ご褒美は諦めて、勉強せずに毎日たくさん遊ぶか。

つまり、不確実な報酬か、確実な娯楽かという比較です。

後者を選ぶのは、まったく合理的な判断だと思いませんか。

勉強が嫌いで、少し知恵の回る子なら、その提案に乗ったうえで、勉強せずに全力で遊ぶでしょう。

そのとき、親はどう対応するのでしょうか。

ご褒美で釣るというのは、受けるかどうかの判断を子どもに委ねたということです。だとすれば、断る選択も尊重しなければ筋が通りません。

でも、その選択を尊重できないのであれば、子どもは親への信用を失います。

仮に乗ってきたとしても、目標点に届かなければ、とても落胆するでしょう。癇癪を起こすかもしれません。

かといって、届かなかったのにご褒美を与えてしまえばどうなるか。

届かなくてももらえたという実績が残ります。私が子どもなら、次からもう面倒な勉強はしません。

つまり、どの分岐をたどっても良い結果になりません。

不確実性が大きく、しかも悪い方向に転ぶ可能性が低くない。だから我が家では、ご褒美で釣ることはしないのです。

親がやるべきは、良い水辺に連れていくこと

では、親には何ができるのか。

たとえば、学力を上げて良い中学や高校に行かせたいとします。

その場合に必要なのは、本人がその学校に行きたいと思う、自発的な意思です。

子どもだって、複数の選択肢があるなら、自分が良いと思った方に行きたいと思うのは当然です。

だから親がすべきことは、行かせたい学校の良さを子どもに紹介することだと思っています。

これが、良い水辺に連れていくということです。

良い水辺に連れて行けば、きっと自分から水を飲みたくなるはずです。

無理やり飲ませようとするのではなく、飲みたくなる場所に連れていく。少なくとも、これなら悪い結果にはならないだろうと考えています。

お金に困らない状態が、家庭を守る

話を家計に戻します。

私が家計に余裕を持たせておきたいのは、単純に、お金に困りたくないからです。

お金がないという理由で、旅行や外食を我慢したくありません。

そして、お金に困ることは、家庭の崩壊につながり得ると考えています。

お金に困っているのに家庭円満、というのは成立しないと思っています。もしそう言う人がいるなら、実際には困っていないか、強がっているか、無理をして繕っているかのどれかではないでしょうか。

困るというのは、不自由で、思い通りにならない状態です。つまり、負の感情につながる状態です。

それが溜まっていけば、家庭が良い状況であるはずがありません。

ちなみに、これは収入の多寡の話ではありません。

どんなにお金持ちでも、分不相応な支出をしていれば、誰でもお金に困ります。アメリカのセレブが破産する話は、よく聞きます。

逆に言えば、一般的な家庭でも、家計に見合った使い方をしていれば困ることはないはずです。

教育費と旅行は、同じ枠の中で連動している

ここで一つ、誤解されやすい点を書いておきます。

我が家は、教育費をかける代わりに旅行にお金を使う、という選択をしているわけではありません。

教育費も旅行も、同じ予備費の枠から出しているからです。

もし学習塾などの継続教育に毎月数万円を支出すると決めれば、その時点で今後の旅行予算も自ずと見えてきます。どのくらいの頻度で、どんな旅行に行けるかが決まってくるのです。

どちらかを選んでいるというより、一つの枠の中で配分が連動しているという感覚に近いです。

お金をかけることと、楽しいことは別

最後に、旅行について感じていることを書きます。

子どもにとって、お金をかけた旅行が楽しい旅行とは限りません。

海外旅行で異文化に触れることよりも、近所の公園にはない大きな遊具やアスレチックで、実際に体を動かして遊ぶことの方が楽しい。そう感じる場面が、つくづく多いのです。

そういう能動的な体験は、きっと良い思い出になります。

もちろん、そうではない子もいると思います。

ただ、お金をかけることと、楽しいことは別の問題です。そこまでお金をかけなくても、家族みんなが楽しめることはいろいろあります。

良い旅行にしたいなら、子どもが楽しめる旅行であることが必須です。

だとすれば、どこに行くかを決める前に、子どもが旅行に行って何をして遊びたいのかを聞き出すことが先決なのだと思います。

まとめ

教育費は青天井です。だからこそ、先に枠を決めています。

教育費を聖域にせず、予備費の範囲で考える。無理はしないし、収入が増える前提も置かない。

本人がやりたいと言ったものはやらせますが、枠に収まることが条件です。

そして、親が水を飲ませることはできません。できるのは、良い水辺に連れていくことだけです。

ご褒美で釣るのは、どの分岐をたどっても良い結果になりにくいと考えています。

お金に困らない状態を保つこと。それ自体が、家庭を守ることにつながります。

教育費も旅行も、同じ枠の中で連動しています。

そして、お金をかけることと楽しいことは、別の問題です。

かけた金額ではなく、本人がどう感じるか。結局はそこに尽きるのだと思っています。

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