私は今、合法ギャンブルにほとんど興味がありません。
パチンコも、パチスロも、競輪も競艇も競馬も、自分から関わることはまずありません。
こう書くと、意志が強い人間のように聞こえるかもしれません。
でも実際は逆で、これはただの運でした。
大学時代、初めてパチンコ店に入った日
当時の私は、正直かなり金欠でした。
朝ごはんは食べず、昼は大学近くのコンビニでチョコチップメロンパンを買う。そんな生活をしていました。
そんなある日、友人がパチンコをやってみたいと言い出し、私も付き添いで店に行きました。
友人が1,000円札を台に入れ、ハンドルを回す。
球が飛び出してくるのを見て、自分がやっているわけでもないのに、なぜか少し興奮したのを覚えています。
でもその感動は、体感20秒ほどで終わりました。
1,000円分の球が、あっという間になくなったのです。
「え、もう終わり?」
当時の私にとって、1,000円は缶ビールを何本も買える金額でした。それが20秒で消える。
強い衝撃を受けました。
「お金がない人がやるものじゃない」と思った
その瞬間、私はこう思いました。
パチンコをやる人は、きっとお金に余裕がある人なんだろう。お金がない自分には、縁のない遊びだ。
それ以来、私はパチンコに一切関わっていません。
そして今でも、パチンコをやる金銭的な余裕はないと感じています。
正確に言うと、お金が溶けていく感覚に平然としていられるほどの資産がないと、この遊びには気持ちよく参加できないんだろうな、という感覚です。
無限に湧き出るほどのお金がなければ、そもそも参加すること自体が難しい。そんな風に思っています。
でもこれは、意志の強さではなかった
ここまで読むと、「意志が強くてよかったですね」という話に聞こえるかもしれません。
でも、私が本当に伝えたいのはここからです。
私がパチンコと距離を置けたのは、意志が強かったからではありません。
たまたま最初の体験が、強烈な「損」として記憶に刻まれたからです。
もしあの日、私自身が台の前に座っていて、たまたま大当たりを引いていたら。
今頃どうなっていたか、少しゾッとします。
ビギナーズラックでのめり込んでしまい、今の「快適で楽しい人生」を目指すスタート地点にすら立てていなかったかもしれません。
つまり、良い結果を運んでくれたのは、私の意志ではなく、最初の体験がたまたま失敗だったという、ただの巡り合わせだったのです。
運に頼らなくても、知識があれば近づける
とはいえ、「運が良かっただけだから仕方ない」で終わらせたくはありません。
運に頼らなくても、同じ結果に近づく方法はあると思っています。
それが、知識を持つことです。
パチンコや競馬などの合法ギャンブルは、胴元が必ず儲かる仕組みになっています。つまり、参加者全体で見れば、長く続けるほどお金が減っていくマイナスサムゲームです。
この仕組みを知っているだけで、「なんとなく楽しそうだから」という理由で足を踏み入れる可能性は減らせます。
スマホの普及で、パチンコや競輪、競艇はどんどん身近になっています。YouTubeでも、そうした広告をよく見かけるようになりました。
だからこそ、意志の強さに頼るのではなく、あらかじめ知識で自分の判断軸を作っておくことが大事だと感じています。
資産形成は、不安を減らすための道具
私にとってお金は、幸せそのものではありません。
人生の不安や心配事を減らすための道具だと考えています。
ドイツの哲学者ショーペンハウアーも、幸福を直接追い求めるのではなく、不安を取り除くことの方が大切だという趣旨のことを語っていたと言われています。
不安を減らすための資産形成において、マイナスサムゲームを避けることはとても重要な条件です。
だからこそ、合法ギャンブルに関わらずに済んでいることは、私にとって大きなメリットになっています。
もちろん、お金に十分な余裕があり、心から楽しめるのであれば、予算の範囲内で趣味として楽しむこと自体は否定しません。
思考を先に変えておく、という考え方
最後に、これは投資や節約にも通じる話だと思っています。
節約がつらいと感じるなら、根性で我慢するのではなく、知識のシャワーを浴びて思考そのものを変えてしまう。
そうすれば、節約はつらいものではなく、むしろ心地よいものに変わっていきます。
目的を達成するために、意志の強さで乗り切ろうとするのではなく、先に思考を矯正しておく。
これが、一番負担が少なく、一番効果的な方法だと感じています。
まとめ
私がパチンコと距離を置けたのは、意志が強かったからではなく、運が良かっただけです。
でもその経験から、運に頼らずに同じ結果へ近づく方法があることも学びました。
それは、先に知識を持ち、思考を寄せておくことです。
マイナスサムゲームを避けること。
資産形成の意味を知っておくこと。
こうした知識の積み重ねが、これからも私の人生を静かに守ってくれるはずだと思っています。
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