投資を始めて、資産が育ってくると、誰かに話したくなることがあります。
「NISAってやってる?」「積立投資、始めてみたら?」
良かれと思って伝えたくなる気持ち、よくわかります。でも私は、基本的に他人とお金や投資の話はしないというスタンスをとっています。
良かれと思っても、伝わらない
家族や友人に投資の有益性を説明しても、「それは国の陰謀だ」「投資は危ない」と言われて、理解してもらえなかった。そんな経験がある人は、少なくないと思います。
これは仕方のないことです。
投資の有益性は、相手にそれを受け入れる気持ちと、理解する土台があって初めて伝わります。どれだけ丁寧に説明しても、相手にその準備ができていなければ、届きません。
他人の意見を変えることは、思っている以上に難しいのです。
伝わったとしても、リスクがある
仮に、うまく伝わって、相手が投資を始めたとします。
それでも、まだ安心はできません。
株価が下落して、相手の資産が減ったとき、その人がどんな感情を抱き、どんな態度を取ってくるかはわかりません。事前にどれだけ納得していたとしても、実際に自分の資産が減る場面を目の当たりにすると、人の感情は簡単に揺らぎます。
「お前のせいで損した」
そう言われる可能性は、十分にあります。自分自身でさえ、実際に資産が減る経験をしてみるまで、自分のリスク許容度はわからないものです。まして他人の反応なんて、なおさら予測できません。
さらに、少し投資の知識がある相手だと、方針の違いを指摘されたり、批判されたりすることもあります。投資をしていると職場や友人に知られれば、周囲の態度が変わることもあるでしょう。
こうした面倒を避けるために、そもそも他人とお金や投資の話はしない。これが、私の基本スタンスです。
我慢することも、リスクプレミアムの一つ
投資の世界には、リスクプレミアムという考え方があります。
価格が変動するリスクを取る対価として、期待できるリターンのことです。株式が預金より高いリターンを期待できるのは、その分のリスクを引き受けているからです。
私はこれと同じことが、口外しないという我慢にも言えると思っています。
自分の投資について語りたい気持ちを抑えること。それは、地味で、少し窮屈な我慢です。
でも、この我慢を引き受けることで、余計な人間関係のトラブルを避け、静かに資産形成を続けることができる。つまり、この我慢そのものが、投資と現実社会の両方で利益を得るための、いわば個人投資家に課された対価なのです。
黙って積み立て続けることも、口外せずに我慢することも、どちらも同じ航路を守るための一部だと思っています。
それでも伝えたい人には、本を託す
とはいえ、本当に大切な人には、投資の有益性を知ってほしいと思うこともあります。
そういうときは、自分の言葉で説明しようとしない方がいいと思っています。
「うまく説明できないから、興味があるならこの本を読んでみたら」
そのくらいのスタンスで、一冊の本を紹介する。それ以上は関与しません。
投資は、結局のところ、自分で調べて自分で決めなければ、うまくいきません。自分で学ばない人は、失敗したときに他人のせいにしがちです。だからこそ、自分で説明するのではなく、本に語ってもらうのです。
本なら、正確な知識が体系立てて、順序よく説明されています。自分でつたなく話すよりも、よほど伝わりやすい。そして、もし相手が損をしたときに、「そんなこと言ってなかった」と責められることもありません。
最初に触れる情報が、その後の判断の基準になりやすいという性質があります。行動経済学でいうアンカリング効果です。だからこそ、最初に触れる情報として、信頼できる一冊を紹介することは、相手への最大限の思いやりだと思っています。
不親切ではなく、思いやりである
大切な人にさえ、積極的に投資を教えないというのは、一見不親切に見えるかもしれません。
でも私は、そうは思いません。
相手がどう感じるかわからないという不確実性から距離を置くこと。それは、自衛であると同時に、大切な人間関係を守りたいという思いやりでもあります。
他人の意見を無理に変えようとすることは、時にお節介にもなり得ます。
だから、聞かれたら答える。興味を持たれたら、本を一冊渡す。それ以上は踏み込まない。
これが、私にとって、投資というテーマにおける、最も心地よい他人との距離感です。
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